ミロシェビッチ裁判に関して旧ユーゴにおける民族大虐殺罪に問われたミロシェビッチ前ユーゴ大統領に対する本格真理がハーグで始まりました。 これは極東軍事裁判以来の戦犯法廷となります。ミロシェビッチの犯した数々の反人道的行為は当然公の場で公平に裁かれるべきですが、この裁判が全ての民族があらためて自らの歴史を反省する機会になる可能性に筆者は期待しております。 更に、この裁判を報道するマスコミに対しては、単にミロシェビッチの行った残虐行為を伝えるだけではなく、何故彼がその様な行為に及んだのかという根本的な問題に関する深い分析を期待致します。事件の裏に潜む根本的な問題をみつめその解決に努力しない限りまた同じ事が起こるのは目に見えているからです。 それではなぜミロシェビッチ(セルビア)が問題の殺戮行為に至ったのでしょうか?筆者はこれもまた同時多発テロ発生の理由と同様、宗教(排他的な一神教)の存在とその宗教を理由に繰り広げられた数々の歴史的暴虐にその多くを由来すると考えます。 ユーゴスラビアとは「南スラブ人の国」といわれ、広い範疇の人を内包したモザイク国家として存続してきました。南スラブ人は、6〜7世紀にかけて、旧ユーゴー地域に移住しました。キリスト教を受容していたセルビア人、クロアチア人のうち、ボスニアにいた人々は、セルビアとボスニア・ヘルツエゴビナが14世紀以降オスマントルコの支配下に入ると、その寛容な宗教政策と免税にひかれてイスラムに改宗して行きました。また、旧ユーゴのマケドニアは、周辺諸国の勢力争いに翻弄され続け、ビザンツ帝国、セルビア、ブルガリア、ギリシア、トルコなどの勢力支配下にありました。 一方、北部のスロベニア、クロアチアはカトリックに組み込まれ、ヨーロッパの影響を受けてきました。その後それぞれの国がヨーロッパ列強やオスマントルコの支配を受けたり、独立を保持したりと、異なる歴史を歩み、互いにけん制しながら20世紀を迎えると、「ヨーロッパの火薬庫」として、一触即発危険地帯となったのです。そして、ついに1914年にボスニアを支配していたオーストリアの皇太子夫妻が、セルビアの差し金により暗殺されると、第一次世界大戦がおこり、戦後の1918年にセルビア人、クロアチア人、スロベニア人の王国が誕生し、1929年には主導権争いで勝利したセルビア中心のユーゴスラビア王国が誕生したのです。 この後第二次世界大戦が始まるまで国内の民族間の紛争は続き、1941年に至っては、この内紛を巧みに利用したナチスドイツにより王国は壊滅します。王国はハンガリー、ドイツ、イタリア、ブルガリアに分割され、ユーゴはバラバラになってしまいます。第二次大戦後は連合国のバックアップでチトーにより民族平等の原則にのっとった社会主義国「ユーゴスラビア連邦人民共和国」が成立しましたが、チトーの死後社会主義体制が崩壊すると、再び民族紛争への道へ突き進みました。 1992年に始まったボスニア・ヘルツゴビナ戦争は、独立でセルビアから分離させられることになったセルビア人がそれに反対して蜂起し、共棲するクロアチア、ムスリムに対して「民族浄化」のもと大殺戮を開始したのが始まりです。特に注目するべきは、コソボ紛争です。これは、セルビア南部のコソボ自治州で勃発した紛争で、人口の一割に満たないキリスト教徒のセルビア人が八割を占めるアルバニア人を払拭しようとした戦争です。 コソボはセルビア人にとって中世から怨念の土地として特別視されていました。1389年にセルビア王国がオスマントルコと闘って敗れたのがこのコソボなのです。そこに、イスラムに改宗したアルバニア人が入り込んできたのです。コソボはセルビア人にとってエルサレムのごとき土地なのです。20世紀に入った現在になり復讐劇がおきたわけです。 過去何百年にわたり受け継がれた異民族への憎しみはミロシェビッチのごとく過激にゆがんだリーダーを生み出し、ヨーロッパ近代史上最大の犠牲者を生んだと言われるユーゴ紛争を引き起こしたのです。 ユーゴ紛争に限らず宗教を土台とした民族闘争発生の原因は信仰を異にする排他的な一神教の存在に求められます。歴史を振り返れば明らかな様に全ての民族紛争・戦争は宗教への狂信が政治的にマニュピレートされることにより引き起こされているのです。 あの大東亜戦争でさえも、もとをただせば西欧諸国がキリスト教を盾にみずからの欲望のおもむくまま繰り広げた植民地主義に端を発しているとも言えます。 ユダヤ教やキリスト教をはじめとする一神教は、自らの神以外の神を信仰するものは全て異教徒と見なし排斥を試みてきました。極端に言えば、信者以外は人間以下の下等な存在とみなされたわけです。 例えば、古くはスペインによるアステカ人やインカ人に対する想像を絶する残虐行為、西欧列強諸国による後進国における殖民地政策、アメリカンインディアンに対する殺戮行為、黒人奴隷制度など全ての行為がキリスト教の下で神の意志として当然のごとくに認められていたわけです。 キリスト教は多くの熱心な宣教師達の執拗な布教活動により世界各国に広まりましたが、思いがけず分裂が起こり、キリスト教の天敵ともいえるイスラム教までを生み出してしまったのはなんとも皮肉な事です。 更に遡れば、キリスト教はもともとユダヤ教からの派生。過去何千年と三つ巴の争いを続けているわけです。 我々はかくのごとき宗教の歴史的変遷とその危険性に対し常に熟考すべきであると考えます。
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